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ごあいさつ
最初に、このチョボ日記は、 もともと以前わたしが運営していた猫のサイトで日記形式に 我が家の愛猫チョボの記録や私自身の事を書いていた「チョボ日記」に由来しています。 しかし日記と言いながらも、まばらな更新やサイトの引越しなどで、 埋もれてしまったチョボの記録を 改めて、text化してみようと思い立ち編集、追加などしまして現在の形となりました。 数年を経ている記録ですので、文中において現在とは若干異なることがありますのでご了承下さい。 私は実家を離れ、チョボと会う機会が少なくなりましたが、毎月元気な顔を見に行っていました。 一緒に暮らしていた頃よりも、一段と我侭な末っ子になったチョボを困りながらも、 家族に、その時その時起こった話題などを聞きながら楽しく過ごしておりましたが、 2007年(平成19年)5月2日未明、今までとても減っていたてんかんの発作が、 普段よりも長時間続き、その途中途中に治まる兆候もみられ、家族も安心しておりましたが、 その明け方に、ふいに生涯を閉じました。 私がその報を聞いたのは翌日です。私の怠慢により、この日記を完成させていなくて、 『書く時間はいつでもある』と高をくくっていた私を叱りつけたい気持ちでいっぱいです。 ただ、目が見えない、ただてんかん持ちなだけ・・。そんな認識の甘さを痛感しています。 もっと早く書けばよかった。もっと早くいろいろな事を観察しておけばよかった。 もっと沢山写真をとっておけばよかった。もっと沢山・・・。 まだ自分の中で整理が付いていないのかもしれません。 現にまだ実感らしい実感はありません。 チョボが永眠してから、実家に最初に帰った時、あまりの実感のなさに、 小さい骨壷をみても、涙が出ませんでした。少しショックでした。 こんな心境で書き進めていて良いのかどうかわかりませんが、まずはPC用の記録だけでも先に 進めて行きたいと思い、このように書き込みました。 執筆着手2003年(平成15年)12月〜 修正2007年(平成19年)5月 master 月影 |
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1、チョボとの出会い
2001年(平成13年)の冬、私たち家族はちょぼと出会った。 それは仔猫というには少しだけ大きめな茶トラのオレンジマーブル模様の猫だった。 私がいつも通り仕事を終え帰宅すると、玄関先に大きな紙袋があって 中をのぞくと、そのこが まあるく丸まっていた。 「 猫だぁ〜!! 」 びっくりしたのと同時に嬉しかった。 そして、この猫を拾ってきたのが母だと知って、二度びっくりした。 うちの家は過去に、数匹もの猫を飼ったことがある動物好き。 けれど、車通りのやや激しい道に接していたし、 猫は、屋内飼いした方が良い動物 という考えが全くなかったその頃は、 残念ながら、交通事故、毒餌まき、などで数匹の猫たちを犠牲にしてしまった。 最後の猫を看取るとき、母は私たちに、猫はもう飼わないと固く宣言していたのだ。 だから、その母が猫を拾ってきたという事にびっくりしてしまった。 |
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2、本当に偶然に
当時、母は毎日、祖父が暮らしていた特別介護老人施設に様子を見に行っていて その日に限って、たまたま午後7時をまわってしまい、ひととおりの事をし、 急いで帰ろうとしたら、出入り口にしゃがみこんでるへルパーさんに会い、 『何をしてるのかなぁ?』 と思い声をかけた母。 そうすると、母に気づき、 「 あ!ここに捨てられちゃったみたいで、この仔。 」 と、抱いている一匹の猫を見せた。 「 なんだか苛められちゃったみたいで、目が・・・。 」 へルパーさんが言うように、その猫は目に傷があるのか、 目ヤニなのか開かない状態だったという。 続けて彼女は、 「 家に連れて帰ってあげたいんですけど、 うちにはウサギがいて飼えないから、困ってたんです。」 と、本当に困っている様子。 日頃、優しいと評判のペルパーさんだったし、 ここまで話を聞いて『 はい、そうですか。では 』とは決して言えない母は、 「 じゃ、私が家に連れて行きますよ。うちは皆、猫好きですから。 」 と言ったと・・。 へルパーさんは別れ際まで猫の目が見えないことを気にしていたそうだ。 |
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3、我が家に猫が来た
かくして、その猫は我が家にやってきたが、 最初はまだ借りてきた猫状態でまったく知らない場所に来た事もあってか、 家の中をあっちへゴツン、こっちへゴツンとぶつかりながら、 ウロウロと猫地図を作るように歩き回っていたらしい。 私が最初に見たときは、紙袋の中で眠っていたので、目が見えないということは、 母に言われるまで全く気づかないでいた。 それよりも、もともと猫が大好きだった私は、猫が我が家にやってきたというだけで、 大喜びだったし、目が見えないと言われても、そうなの?と思っただけだった。 |
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4、瞳のない猫
起きだしたその猫の目を見てみると、瞳に傷がついているとかではなく、 生まれつき眼球のない猫のようだった。 だから、以前は見えていたというわけでもないらしい。 目が見えないじゃなくて、瞳のない猫。 けれど、 『ふ〜ん、そうなんだぁ〜。じゃあ室内猫になるから、事故の心配はないねぇ〜。』 くらいにしか思わなかった。猫は猫で変わりないと思ったからだが、 今思えば、 何故か不思議なくらい当たり前のように受け止められたような気がする。 そんな訳で、その猫は我が家の一員となった猫、名前をなんてつけようか、 私達家族はいろいろ案を出してみたけど、まさかあの名前になるなんて・・・。 |
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5、その猫のなまえ
今日もチョボは元気に走り回ってる(笑) 時々ほんとは目が見えてるんじゃないか?と思ってしまう。 さて、我が家の一員になった猫の名前を決める事になったが、 今までの猫たちは洋風な名前から和風な名前までいろいろだった。 例えば 『チャム』 , 『ジュリー』 , 『トラ』 などなど…。 今回も可愛らしい名前を・・・とあれこれ考えていたら、 父が 『うちの猫は先祖代々チョボって決まってるんだぁ』 と言ってきた。 『はて?いつ決まったんだそんな事?(汗)』 思い出してみると、 そういえば前々から家に来た猫を父だけは 『チョボ』 と言っていたような・・・。 でもなんか呼んだ時の響きがニワトリみたいで私は抵抗があった。 けれど、結局、名前はチョボで定着してしまった。 どうしてかというと、 私が仕事で数日、家を空けていた間に父がチョボ、チョボと呼んでいたら、 私が帰ってくる頃には、 もうチョボと呼ぶとふりむくようになってしまっていたのだ。 まあ、今回は父の意見も取り入れてあげようという事で ニワトリみたいな名前だけど、チョボで決定した。 以来、家族の中でも父の可愛がり様といったら、本当に猫っ可愛がりだ。 |
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6、チョボのプロフィール
チョボのことをここで書いてみたいと思う。(2002年(平成14年)5月現在)
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7、持病をもっているチョボ
以前、私はチョボのことを、 生まれつき眼球のない猫で以前は見えていたとうわけではないらしいと書いたが そんなチョボは場所でも物でも、 それが何で、どんな高さか?というのが当然だかあまりわからないみたい。 けれど、見えない知らないというのは、時として彼女をチャレンジャーにする。 特にチョボは持病をもっており、その発作がおさまると、 気分が高揚してしまい 駆けずり回る!! あまりに興奮してテーブルの足やストーブや押入れなどに ゴツンと当たりながら、あっちへ行ったり こっちに行ったり・・・と大騒ぎに(笑) そのチョボの持病は、我が家に来て、3,4日して発覚した。 |
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8、明かされる病名-その1
チョボが我が家に来て3,4日たった頃 『チョボは目が見えないだけの猫じゃないんだ!』 と思ったことが起きる。 その日はいつも通り、私たちが学校やら仕事やらに出かけ、 家には母一人で、ちょうど仕事にでる前の支度をしている時だった。 チョボの首につけている鈴が勢いよく 『チャリ、チャリチャリ』 と鳴り、 てっきり最初は、猫が首でも掻いているものだと思い、 母も気にもとめなかったらしいのだが、 あまりに鳴り止まないので、チョボを探してみると(もちろん家の中) な・なんとチョボの身体全体がけいれんを起こしていた。 |
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9、明かされる病名-その2
強くけいれんする為、前後左右に身体が動いてしまい、 押さえていないと家の柱などに 『ガンガン』 ぶつかってしまう。 そのけいれんがしばらく続き、やっと落ち着くと、 ほんとうに 『ハッー』 とチョボは一息ついていた。 カーペットはユダレで濡れてしまい、チョボはずいぶん疲れたようで その症状から、たぶんてんかんではないかと私は思った。 何故かというと私は、以前てんかんの持病を持つ友達から聞いた症状と チョボのけいれんが、あまりに酷似していたからである。 てんかんとは→発作的にけいれんを起こす病気。 意識を失って倒れ手足をもがいて口から泡をふく。 (岩波国語辞典参照) 一番最初の発作は私が居ない時に起こったのだが、それから何度となく発作になり 私も最初見たときには、唖然としてしまって動けなかった。 |
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10、念の為、動物病院へ
前回はチョボの発作が初めて起こった時の話をしたわけだけど、 それから、もう何回もチョボに発作が起きる。 最初の3ヶ月はだいたい二週間に1回。あまりにひどいけいれんなので、 心配した母が獣医に連れていく。 (それに、目が悪いせいか目ヤニがすごくマブタを開けない程だった) そして、 先天性なモノで眼球がないという事。 生まれてだいたい5ヶ月目という事。 発作はてんかんだろうという事。 が明らかとなる。 母は目に注す抗生物質の目薬をもらい帰って来た。 |
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11、獣医さんの話で悩む
獣医さんの話によるとてんかんは、発病原因が解明されておらず、 完治させる薬は、現段階では無い。 けれど、発作を抑える薬ならばあることはあるそうで。 しかし、それは毎日飲ませる物で続ける限り発作は抑えられるが、 一日中ずっと眠り続けるような状態で猫らしさがなくなってしまうらしい。 ここで私たち家族は、また悩む事になった。その薬を飲めば苦しい思い をしなくて良いが、何かに興味を持つとか、歩き回るとかができずに ただ眠るだけの毎日を過ごす事になる。 『眠るだけの人生・・。』 を想像してみた。 私は人間だから、そんな生き方 『やだな』 と思った。 それでも、やっぱり猫らしく生きたいなと・・・。 でもそう考える私は人間で、ただの自己満足かもしれない。 そして、もしかしたら猫であるチョボは それでも良いから抑えたいと 思っているかもしれないなどと、いろいろな事を思ったけれど、家族で話し合った結果、 『てんかんを抑える薬は飲ませないこと』 に決まった。 そして発作の周期とか様子を見ていき、また以後、考えることにした。 目薬の方は、瞳のある部分が直接粘膜なので、炎症による目ヤニなどを 少なくする為に定期的に使うことにした。 |
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12、天使の大騒ぎ
2002年(平成14)年5月のある日 仕事から帰ってきたら、その日の昼間に例の発作が出たらしい。 この頃のチョボは1回発作を起こすと、 その日のうちに、もう1回くらい発作が出てしまうようになっていた。 それでも発作の頻度は少し前に比べると少なくなっているような気がする。 発作をおこし、それが落ちつくと急にあっちへ行ったりこっちへ行ったりと歩き回る。 その時も、もちろん目が見えないので襖に勢いよく 『ゴツンッ』 とぶつかったり、 障子に突っ込んで破ってしまったりと、大騒ぎに・・・。 そのチョボの後を母や私がついて行ってあまりに危ないと助けるようにしている。 私たち家族は、チョボは目が見えない事とテンカン持ちな普通の猫と 思っているようで、あまり特別扱いはしてないのだ。 で、毎回こんな感じなので大暴れの後は、疲れてるからか熟睡するのだけど なにをされてもチョボは起きない。 こんな時は猫の寝顔って天使だっていうけれど、 ほんとにその通りだなぁとつくづく思ったりする。食べちゃいたいくらい可愛いのだ(笑 ちなみに、獣医さんからもらった目薬は効き目があるようで、 以前は目ヤニがすごかったり、目がぐちゅぐちゅしてツユが出たり していたのが、なんともキレイになった。けれど一日数回は注さないといけないみたい。 (ツユは薄茶色のきつい匂いのするものだった。) |
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13、チョボと目薬
ところで、よく人で 『目薬はノドに流れてきて味がするから嫌だ』 という方がいるが (私は市販の目薬を愛用してるからわからないんだけれど) チョボもその 『ノドに流れてくる』 の体験者みたいだ。 目薬を注すときは たいてい母の膝の上なんだけれど、 最初の頃は何をされるのか気付かなくて、目薬をさすと 『ん?なんか目に入ったよ〜!!』 と、ビックリしながらも、おとなしかった。 そのうちノドの方まで薬が流れてきたみたいで、唾を二、三度飲み込む仕草をした。 まるで 『なんだ?この味?ん、にが〜(汗)』 って思ってるみたいだった。 いきなり目薬を注すのもビックリするだろう、という母の意見で、 それからは 『 チョボっち!目薬注すよ〜! 』 と声をかけてからにしている。 けど最近、彼女は覚えたらしく何も言わなくても、 目薬をさす時の体勢に抱えると、少し身構える(笑) その姿も、またまた可愛いらしいと思ってしまう |
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14、一緒に小旅行[その1]
発作があったりなかったりで、その他は特別変わったことがない毎日が続いていた 2002年(平成14年)5月に法事の為、家族みんなで新潟県に行くことになる。 チョボを家に置いてけぼりは可哀相だし、まぁ普段、発作がなければ、 いるかいないかわからないほど静かな子だし親戚宅に行っても、 『日中涼しい部屋の中に居ても良いよ』 と親戚に言われていたので、 一緒に連れて行く事に。 そうこうして家を夜10時に出発した。これから彼女にとっての初小旅行の始まり。 最初、自家用車で行く予定が急に車が故障してしまい、 急きょレンタカーを借りる事になってしまう(汗) まぁとんだハプニングがあったけど、とにかく私たちの荷物と共に、 チョボの餌箱とおトイレなどチョボの荷物もいっぱい車につめこんで、いざ!出発! 最初チョボは、とまどったみたいに大人しくワンボックスの車の一番後ろの席にいる 私と母との間に座っていたが、声にならない鳴き声で何回も鳴いた。 おトイレの心配はあまりしていなかった。 何故かというと、チョボは 『一度ココだよ』 と教えると、 例えそのトイレを移動しても、間違えることがなかったから。 |
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15、一緒に小旅行[その2]
チョボは目が見えないからなのか、 トイレとかは今まで一緒に暮らした猫達の中で一番もの覚えが良い。 この頃、チョボが車に乗るというのは、 母が仕事場に毎日連れて行く位なものだが、一応は経験済み♪♪ (けれど車で2〜3分) お出かけする時には必ず 『 猫用ハーネス 』 をつけ 『外へ行くんだよ♪』 という合図にしているという。 |
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16、一緒に小旅行[その3]
さて、結局ハプニングのおかげ(?)でレンタルしたワンボックスカーに 父、母、妹、親戚の叔父、チョボと私の、5人と1匹が乗り込んで、いざ出発! 私と母は一番後ろの席にチョボと一緒に乗り込んだ。 最初チョボは、ちゃんとに座っていなかったから車がブレーキやカーブの時に 身体が右左に揺れてしまったりしてバランスをとるのに苦労していたけど、 そのうち猫座りの体勢になって母のヒザの上に頭をのせて眠ってしまったw すやすや眠っているチョボを尻目に、私と母はチョボを心配してあれこれしてたので 車に酔ってしまいさんざんだった(汗) (お腹が空いてたのもあったみたいだけど。) 途中PAに寄りながら行ったわけだが、そのたびに誰か1人が必ず車にいるようにして その時にチョボに水を飲ますようにした。 当の本人はというと、これといって何の変化もない。 自分がどんなトコにいるのかわからないから、外に出たいと鳴くわけでもないチョボ。 トイレは車の一番後ろの席の足のトコに常備しておいて、出発してすぐくらいに、 ちゃんとそこで小さい方をしたので、ガマンとかしないのを確認できたから安心した。 |
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17、一緒に小旅行[その4]
出発した次の日の4時頃、新潟県に到着。 私はいつの間にか眠ってしまっていた。(;^_^A 親戚の家に着くと、その家の今は誰も使ってない母屋へと通されて 『ココにいる間、この家を使っていいからね♪』 と言われた。 母屋は古いつくりだから、一部屋が襖で区切られていて、 たぶん28畳くらいに布団が5人分敷いてあった。 私達が仮眠をとる前に新潟の叔父が、母屋に『よく来たなぁ』と、挨拶に来た。 時間的に早朝に着いてしまったので、『こんなに早くに起こして悪いな』と父が言うと、 『いつももう起きる時間だから気にするな』と言って、久しぶりだからとそのまま話し続けた。 このままだと話が終わらないと思ったので、話をさえぎって休んだわけだ。 (それにしても、いつも早い時間から起きてるなぁ〜叔父さん達は(汗)) |
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18、一緒に小旅行[その5]
車の中の荷物とチョボのトイレやエサ箱などなどを全部その部屋に移動してから、 チョボを部屋に連れてきたら、いつもの猫地図が通用しないからか、 ソーッと周りの様子を見ながら歩き回っていた。 トイレの場所などをチョボに教えて、母や妹は われ先にと布団にもぐり込んだ。 母たちが寝たのを見て、私はチョボに声をかけてから布団に入った。 すると、車の中でズーット寝ていたのに、 まだ寝足りない・・というように私の布団の足元に丸くなって寝た。 それから2時間くらい経つと父が目が冴えて眠れないと、親戚の新居の方へ行こうとした。 父が部屋を出て行くときはチョボはまだ布団の下の方にいたらしいのだが、 それからまた2時間半位に私達が起きた時(だいだい午前9時頃) なんとチョボが見当たらない!!!Σ( ̄Д ̄;)はっ! |
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19、一緒に小旅行[その6]
私達が仮眠から目を覚ますと、朝9時頃になっていて周りを見回すと、 両親、妹、一緒に来た叔父が布団に寝ていた。 私は 『あ〜あれから、また父は寝たのね〜』 と思ってから、 ふとチョボが私の所から居なくなっているのに気づき2、3度名前を呼んでも、 いつもの鈴の音がしない(汗) (チョボは消え入るような声でしか鳴かないので場所確認の為、 大きな鈴をいくつか首輪につけてあった) 『あれ?』 と思い、そのうち母が起きだしたので、『チョボがいないの!!』 と声をかけ あたりを探す事にした。部屋は今いるところだけしか 行けないようにして寝たから、 『絶対この部屋にいる!!』 ということで声を出して探し始めた。 あの子は目が見えないのにチャレンジャーなところがあって、 ぐんぐん前に進んじゃったりするから、 どこかの上や隅の方で降りられなかったり、挟まってたらどうしよう・・・。 と思いながら探していたら、 父が布団から起きずに 『ココ』 と手で矢印を作って自分の布団の中を指差した。 『おーい(汗)お父さんの布団の中かーい!!』 もうっ、人騒がせなっ!!┐(-。ー;)┌ 私達の必死の声かけも 知らんふりでチョボは 父の布団の中でスヤスヤ・・・。 うう〜ん。このホッとしたけど、 心配したのにぃ〜という腹立ちは、どこへ持っていけばいいのやら・・・。 |
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20、一緒に小旅行[その7]
『朝のお騒がせ事件』 もひと段落。 朝ごはんをすませ、喪服に私たちも着替え、法事の始まるのを待つ。 チョボは、私たちが終わるまで、この母屋(仮眠した部屋)にお留守番だった。 新居の方へ行くと 日ごろ会わないような親戚まで勢ぞろいで、 お坊さんの来るのを待っていたら、 いつまで経っても来る気配がない。 な・なんと この方、日にちを勘違いして今日は休暇を過ごしていたらしい(しっかりしてくれ〜w) ということで、まず先にお墓参りに行く事になる。 親戚の家からお墓までの道のりは、とても自然いっぱいで、田んぼ道を歩いていく。 途中には、綺麗な小川が流れ、マーガレットや花々たちが咲き乱れ、心がやすらぐ。 その日も日差しは強かった。でも気候がそんなにムシムシしないとこなので、風が心地よい。 『チョボっちは今日一日、部屋の中で良かったぁ〜』 とつくづく思った。 こんな日差しじゃ車の中は到底ムリだったから |
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